この実験ノートは、DEKIRU-JANの「身体と生活」「関係性と環境」を、娘のムーンウォーク練習で見えた支える条件から観察したものです。
娘がムーンウォークを練習していた。
動画を見ながら何度も挑戦する。
でも、どうしても滑らかにつながらない。
右足から左足へ。
左足から右足へ。
その切り替わりの瞬間だけ、動きが止まってしまう。
もっと練習すれば、そのうちできるようになる。
そう考えることもできる。
でも私は、その場面を見ながら別のことが気になっていた。
なぜ、そこで止まるのだろう。
止まる瞬間を観察する
動きを何度も観察していると、一つ違和感が見えてきた。
重心を移した瞬間に、身体が少し沈む。
ほんのわずかな動きだけれど、その沈み込みが、動きを途切れさせているように見えた。
ということは、何かが「できていない」のではなく、どこかで身体を支えきれていないのかもしれない。
どこで支えられていないのか
では、どこで支えられていないのだろう。
- 右足なのか。
- 左足なのか。
- 足首なのか。
- 膝なのか。
- 股関節なのか。
- それとも、もっと別のところなのか。
答えは分からない。
だから、一つずつ試してみることにした。
少し変えてみる。
動いてみる。
また観察する。
その繰り返しだった。
地面を押せる感覚が生まれた
そして、ある瞬間。
地面を押せる感覚が生まれた。
その瞬間だった。
身体が沈まない。 重心移動が自然につながる。
気づけば、ムーンウォークができていた。
ほとんど「ムーンウォークの練習」はしていない。
変わったのは、身体を支える条件だった。
練習不足で終わらせない
この経験は、DEKIRU-JANで大切にしていることと同じだ。
私たちは何かができないと、
- 練習不足。
- 努力不足。
- 才能がない。
と考えがちだ。
でも、本当にそうだろうか。
できない原因は、もっと別のところにあるかもしれない。
身体が十分に支えられていない。 無意識に力が抜けない。 重心を移せない。
そうした土台の条件が整っていなければ、どれだけ同じ動きを繰り返しても、思うような結果にはつながりにくい。
まず観察する
だから私は、まず観察する。
- どこで止まっているのか。
- 何が起きているのか。
- どんな条件がそろえば結果が変わるのか。
その仮説を立てて、小さく試してみる。
すると、ある日突然、
できた。
という瞬間がやってくる。
そのとき感じるのは、「頑張って身につけた」という感覚ではない。
「あれ?できるじゃん。」
という感覚だ。
できるようになるとは、努力を積み重ねることだけではない。
できる条件を見つけること。
私は、その条件を探すことのほうが、ずっと面白いと思っている。